三島芳治『衒学始終相談 1』

 前置きとして何か書こうと思ったけれど、特に書くことがなかった。

 

 

 今回の漫画は三島芳治先生の『衒学始終相談』。

 

※本ブログは作品のネタバレを含みます。

 

三島芳治『衒学始終相談 1』白泉社、2023年。
タイトルを打ち込んで変換すると「弦楽四重奏団」と出た。

 

 さて、今作は3月31日に発売したばかりの、ほやほやの新刊だ。

 作者である三島芳治先生は、トーチwebで連載されている『児玉まりあ文学集成』以来、個人的に追っている漫画家の一人でもある。

 何を隠そう、今日私はわざわざこれを買うために書店まで足を運んだほどだ。(御茶ノ水丸善は中規模書店としては並程度の品揃えしかないが、漫画売り場の壁棚をまるまる新刊コーナーにしてくれているのは非常に好感が持てる。新刊コーナーで出会わなければ一生知らないままだった漫画は少なくない。)

 

 心に深く突き刺さったものに対してしばしば人が寡黙であるように、三島作品の何が私を惹き付けているか、説明するのは簡単ではない。

 読まないと分からないから読んでほしい、というのが率直な思いではあるが、それではこのブログの存在意義が揺らいでしまいかねないので、探り探りにはなるだろうが、感想を書いていきたい。

 

 さて、ここでいつもならあらすじの紹介から入るところだが、本作には説明すべきあらすじがほとんどない。

 本作は二人の女性―――国立大学に進学しながらも特に研究テーマをもたず、「モラトリアムな学究意欲だけを持て余して」いる「私」と、何を研究しているのかよく分からないが大学から研究費だけはやたらと下りている「先生」―――によって繰り広げられる、掴みどころのない会話を中心に進行する。

 一応、テーマのようなものはある。人間の心を修復する、「心の復興」だ。

 何を言っているのかよく分からないだろうが、私にも分からない。残念ながら、本作は順序だてて物語を説明したり、腑に落ちるような解釈を施したりすることができる作品ではない―――少なくとも私の能力では。

 普段、物語を整理して解釈するというやり方でブログを書いている身としては非常に厳しいものがあるが、あえてこの困難に挑んでいるのは、それだけ本作を高く評価している証だと思ってほしい。

 

 一つ、私が言語化できる本作の魅力があるとすれば、それは「先生」というキャラクターだ。

 「先生」は人の心が傷ついている世界の現状を解決するために、日々研究に勤しむ研究者である。

 例えば、人の心を希釈し拡散させる薬を開発したり(2話)、米軍が精神薬の材料として捕獲した巨大ウニを調査するために基地に潜入したり(4話)、子どもの内面形成に与える影響を調べるために幼少期の精神世界を破壊する手紙を送ったりする(7話)。研究にかこつけてやりたい放題やっているようにも見えるが、真意は誰にも分からない。

 彼女は助手である「私」のことを高く評価しながらも、開発した薬の実験台に「私」を使うことも躊躇わないし、その結果として破滅的な出来事が起こったとしても構わないと思っている節さえある、やや破綻した人物だ。引き合いに出す理論や学説は眉唾で自己韜晦的だが、一方で「私」に対する自らの感情を「未熟さ無知さへの憧憬、失った良心への感傷」と分析し、それを「自己愛」と呼ぶことのできる、明晰な観察力も兼ね備えている。まさに生粋のマッドサイエンティストと言っていいだろう。

 この「先生」と対峙する「私」もまた、並大抵の人間ではない。

 「私」は「先生」の特権的な地位に目をつけ、彼女に取り入ることでゆくゆくはそのポストに自分が収まろうと画策している、抜け目のない学生だ。「私」は理解不能な「先生」の研究に翻弄されるが、やがて名も知らぬ同輩を実験台に使おうとするなど「先生」のやり方に感化されていく。一方で接近するがゆえに、かえって「先生」との精神的な断絶が浮き彫りになる……。

 この「先生」と「私」、つかず離れずの距離感で行われる空中戦のようなやり取りが、本作の魅力の一つだということはできるだろう。

 

 今の時点で私に言えるのは、せいぜいがこれくらいだ。

 改めて言っておくが、本作は非常に要約の難しい、読まないと分からない作品だ。好みが別れるところなのは間違いないだろうが、私と同じ種類の感性をもった人間には、きっと心の深いところまで刺さると思う。

 幸運なことに、最新話は「楽園web増刊」上で無料で読むことができる。気になったら見てみるのもいいだろう。

 

 

 分かっていたことではあるが、今回は何をどう書けばいいものやら、非常に難航した。その手間の割には短い記事になったが、まあ、頑張った方だとは思う。

 

 

 

 大切なことを言い忘れていた。

 「先生」はかわいい。