優しい内臓『死神ドットコム 2』

 ブログ、はじめました。

 

 

 とりあえず積みに積んだ漫画の山を崩しがてら、感想などを徒然と書いていくことにする。

 

 さて記念すべき第1回目は優しい内臓先生の『死神ドットコム』2巻。

 初回からとくに有名でもない作品の途中巻を取り上げるのは正直どうかと思うが、このブログは積読タワーの一番上に置いてあったものから扱っていく予定なのでこういうこともある。

 

 とはいえ、本作はこれが最終巻なので、今回は2巻とは銘打ちつつも作品全体について話していきたい。

 

※本ブログは作品の結末等のネタバレを含みます。

 

優しい内臓『死神ドットコム 2』芳文社、2023年。

 

 初版(重版がかかるおまじないとしてあえてこう言っておく)のオビ文は「人生のどん底で、友情だけはきらめいた。」個人的にはなかなかいいアオリだと思う。

 

 あらすじについては裏表紙に簡潔にまとめられていたので、引用させてもらおう。

 

 ポンコツ社畜死神・メルメルは、ギャンブル大好き借金OL・タマと訳あってボロアパートで二人暮らし中。

 タマの魂をもらう代わりに借金1000万円の返済を手伝うという契約をしたが、借金は増える一方だし、タマのストーカーやドSな大家が襲来してくるし、人間界ってほんとうに恐ろしいところだ……。

 

どうしようもない連中の、案外どうとでもなる日常

 

 あらすじを引用した通り、この漫画は死神・メルメルと、人間・タマが出会うところから始まる日常系コメディ漫画だ。

 

 ここでいう「死神」は、人間の魂を回収することを業務として行うサラリーマン。それも「願いを一つ叶える代わりに魂をもらい受ける」という契約を結ぶことで回収する、非常にビジネスライクな存在である。

 死神のメルメルはあまりの営業成績の悪さから、パワハラ上司によって魂の回収に成功するまで天界に戻ることを禁じられてしまう。

 

 一方のタマは、連帯保証人になった人物が事故死したために1千万円の借金を背負うことになった薄幸の女性……というには少々生き汚すぎる人物だ。

 彼女はちゃんとOLとして働いていて(!)、しかし給料日にパチンコで万単位を溶かし、雑草と雨水で糊口をしのぎ、嗜虐趣味をもつ大家の玩具となることで家賃を免除してもらって生きるような、並外れたタフさを持っている。

 

 タマの魂をもらう代わりに借金を返済するという契約を結んでしまったメルメルは、天界に帰ることもできず、タマのボロアパートで同居するうちに、だんだんとタマの限界生活に馴染んでいく……というのが大筋である。

 

30年に一度の超大型台風をものともせず、食料調達に励むメルメルとタマ。

 

 こんな連中がメインキャラなので、他の登場人物もさぞ頭のネジが外れているのだろうと思われるが(そして実際にネジの外れた奴もいるが)、意外なことにタマたちはまともな人間に囲まれている。

 

 例えば、タマの借金を取り立てに来る借金取りの男は、取り立て対象であるはずのタマに不覚にも惚れかけ、恋心と理性との間で懊悩したりする、人間味のあるキャラクターだ。

 キャリア組として活躍する死神・チルチルは、一方で妹メルメルを溺愛する姉バカである。メルメルもまた、口では鬱陶しがりつつも、姉のことを大切な家族だと思っている。

 

 どうやっても生活が破綻していく二人と、それを取り囲む意外なほどまともな世界。

 これが本作の基本的な世界観になる。

 

タマの中にある「余白」

 

 さて、タマはギャンブル中毒、アルコール中毒、ニコチン中毒と三拍子そろったダメ人間なのだが、決して悪人ではない。

 貧困の中にあっても日々の喜びを見失わず、投げやりになることもなく、小さな幸福を誰かと分け合うことができる。ただ欲望に忠実で、頭がからっぽなだけだ。

 

 そして空っぽであるがゆえに、時に異常ともいえる他者を受け入れることができる「余白」をもっている。

 

 容赦なく取り立てに来る借金取りも、立場を利用して「ネコちゃんごっこ」を強要してくる生粋のサディストも、犯罪すれすれのストーカーも、自分の魂を狙う死神さえも、タマは一人の人間として受け入れることができる。

 タマのもつこの「余白」こそが、この物語を成立させていると言っても過言ではない。

 

本当に空っぽだった人間

 

 それがはっきりと描かれるのは、終盤にノノという人物が現れるときだ。

 彼女は「天使」であり、タマに借金を押し付けて死んだ張本人である。なお、本作における「天使」は転生できない人間がなるもので、メルメル曰く「ろくなやつがいない」。

 

タマとメルメルの前に現れたノノ。くわえた煙草はタマから拝借したもの。


 ノノは人から金を借りてバックレることになんの呵責も感じない本物のクズだ。

 結果としてタマに借金を押し付ける形になったことについても、「タマが選んできた結果でしょ? 私悪くなくない?」と堂々と開き直ってみせる。このような人間さえ受け入れてしまうタマの余白の広さには感嘆するばかりだ。

 何も持っていない「空っぽ」のノノは、同じように「空っぽ」なタマに一種の執着を示していた。


 ノノが競馬で儲けた金によって借金を完済したタマは、契約に従い魂をメルメルに差し出すことになる。「商品」となったタマの魂は天界の競売にかけられ、ノノは「かわいそうだから」とその魂を買おうとするが、もう一人、全財産を叩いてでもタマの魂を買い戻そうとする人物がいた。

 

 メルメルだ。

 

 

 資金力で競りの優位に立つノノだが、メルメルの真っすぐな告白に心が揺れる。

 

 私は…… タマに何かしてやったことがあっただろうか

 いいように使ったうえに借金押しつけて死んだのに、再会したとき笑ってくれて嬉しかった

 いつももらってばっかで返したことない

 想いも伝えたことない

 

 ノノはタマと同じように空っぽだったかもしれないが、ノノは空虚な内側に誰の存在も許さず、誰の内面にも踏み込もうとしなかった―――唯一自分に心を許してくれたタマにさえ。

 心が折れたノノが下り、無事にタマの魂を買い戻すことができたことで、この物語は幕を下ろす。

 

 全体の読後感としては、日常系コメディという枠の内側にとどまりながら、その枠を成り立たせている各登場人物の精神的つながりにも光が当てられる、読みがいのある漫画だったように思う。

 

 

 ちなみに、今回はタマに焦点を当てて感想を書いたが、読んでいて引き込まれたのはむしろメルメルの方だった。メルメルには普通の人間としての感性と、仕事として人を殺す「死神」としての感性を歪に併せ持つキャラクターである。彼女から見た世界がどうなっているのかについても考えてみたが、うまく考えがまとまらなかったので割愛することにした。

 

 

 

 本当はもっとフランクに感想を書くだけのつもりだったが、少しがんばりすぎてしまった。

 持続可能なブログのために、次からは雑に書くことを意識したい。