ブルーアーカイブ「エデン条約編」

 ブルーアーカイブというゲームをご存じだろうか。

 そう、透き通る世界観でお送りするスマホゲームだ。ネットの人間には「過酷な」の方が通りがいいかもしれないが、今はそういう話をしたいのではない。

 

 私がブルーアーカイブをインストールしたのは、確か去年の夏だったと思う。ちょうど百夜堂の水着イベントが終わる頃だった。いや違う、そういう話をしたいのではない。

 

 それまで、人気があることや何人かのキャラクターを知りつつも実際に手を出してはいなかったのは、新しいものに触れようとするエネルギーが枯渇し始めているということもあるし、単に「ガチャのあるゲームはプレイするに値しない」という第一原則に従っただけという話でもある。まあとにかく、いくら性的な女が惑わしてきたとしても、実際にゲームをプレイすることはあるまいと思っていた、のだが。

 

 ある女と目が合った。

 

 聖園ミカだ。

 

かわいい。

 

 そういうわけで、今回はこのミカという窓を通して、彼女が重要な役回りを演じるメインストーリー第3部「エデン条約編」について、感想を書いてみたい。

 

 

ブルーアーカイブの世界、そして聖園ミカについて

 まず全く何も知らない人に向けて、ブルーアーカイブの基本的な世界観について整理しよう。

 舞台は学園都市キヴォトスという、いくつもの学校が集まっている場所だ。我々プレイヤーは、キヴォトスに新しく赴任してきた「先生」としてストーリーを読むことになる。

 ここで出てくる単語のいくつかは、我々の常識とはやや異なる概念を指している。「先生」とは、学校事務や授業を担当するなどの実際的な職務というよりむしろ、大人として生徒たちを導くという観念的な使命を帯びた存在である。*1

 またキヴォトスにおける「学校」とは、生徒(人民)と自治区(領土)そして自治区に対する排他的権力(治権)を有する、国家のように独立した行政単位だ。各学校には生徒会がおかれ、これが学校を代表する権力をもつ。

 各学校の上部組織として、「連邦生徒会」という組織があるが、その長たる連邦生徒会長の失踪により実質的に機能停止している状態だ。「先生」は連邦生徒会長が外から招き入れた人間で、「シャーレ」という組織と特権的立場を与えられて、キヴォトスで起こる事件になら何にでも首を突っ込んでいく。

 

 キヴォトスには特に大きな学校が3つある。ゲヘナ学園、ミレニアムサイエンススクール、そしてトリニティ総合学園。このうちエデン条約編の主な舞台となるのは、トリニティ総合学園だ。

 聖園ミカは、このうちトリニティ総合学園の生徒会にあたる組織、「ティーパーティー」に所属する生徒の一人である。

 ティーパーティーは桐藤ナギサ、百合園セイア、聖園ミカの3名からなり、交代で「ホスト」として代表権を握ることになっている。現ホストはナギサで、したがってミカは「ホストではないティーパーティー」として、実権はないもののある程度の権威と影響力をもつという、微妙な力関係にある。

 そのような立場にありながらも、ミカは「政治に向いていない」と評されることもあるような、大局を見て物事を判断することを苦手とする人物だ。よくいえば無垢で純粋、悪くいえば浅慮で幼稚。そしてタチの悪いことに、トリニティでも一二を争う戦闘力をもっている。*2

 そんなミカが、様々な思惑に翻弄される中で傷ついていくさまを、ストーリーを追う形で見ていきたい。

 

 

「エデン条約」と「トリニティの裏切り者」

 ストーリーは、「エデン条約」の締結を目指すナギサが、それを阻止しようとしている「トリニティの裏切り者」を探し出すよう、「先生」に依頼するところから始まる。

 

 エデン条約とは、キヴォトス三大勢力の2校、トリニティ総合学園とゲヘナ学園の間の平和条約である。

 両校は伝統的に不仲で、最早どうして憎み合っているのか誰もよく分からないまま、断続的な小競り合いを続けている。そんな状況に終止符を打つべく、トリニティとゲヘナが公に和解を宣言するとともに、共同で「エデン条約機構」という機関を組織し、両校の間で紛争が生じたら共同して鎮圧にあたることとする―――それによって平和を保つというのが、エデン条約の趣旨である。

 

 ティーパーティーのホストであるナギサは、エデン条約を締結しゲヘナと和解しようとするが、両校の間に横たわる溝は深い。トリニティ内にも、ゲヘナと仲良くなんてありえない、という考えをもつ向きもあった。ナギサはトリニティ内部で条約の締結を阻止しようとする「裏切り者」がいると言い、疑心暗鬼に陥っていく。

 

 その「裏切り者」が、聖園ミカだ。

 ミカのゲヘナ嫌いは筋金入りで、どこまで本気かはさておき「ゲヘナと全面戦争をする」とまで言い放ったこともある(これがミカの精神が不安定な時期の発言であることを割り引く必要はあるが、最終章でゲヘナとトリニティが同じテーブルについたシーンでも、真っ先に喧嘩をふっかけて火蓋を切ろうとしたのはミカだった)。

 

 ミカがどうしてそこまでゲヘナを嫌うのか、理由はよく分からない。同様にゲヘナを毛嫌いする人物にたとえばハスミがいるが、険悪とはいえ会話を試みているハスミと違い、ミカはそもそもゲヘナ生とまともに会話を交わしたことがあるかどうかさえも怪しい。

 ナギサやセイアであれば個人的感情を措いて一歩引いたところから見るであろうところで、ミカはむしろ自分の感情をそのまま押し通そうとしているのだ。まがりなりに組織のトップに近い立場の人間の精神性としては、未熟のそしりを免れないだろう。ミカが政治に向いていないと言われる一端がすでにここにある。

 

 これから私はストーリーを追いながら、ミカがいかに「幼い」かをさんざん指摘していくことになる。

 

「アリウス分校」とミカ

 このようにトリニティとゲヘナの間には深い溝があるが、それとは別に、トリニティと確執をもつ集団がある。

 それが「アリウス分校」。アリウスはトリニティの成立過程にまつわる因縁をもつ集団で、かつて互いに対立しあっていた諸分派が統合して「トリニティ総合学園」になったとき、最後まで反発していた一派だ。

 結果としてアリウスはトリニティから追放され、歴史の闇に葬られた。やがて時が経ち、トリニティがアリウスのことを忘れ去ってしまっても、アリウスは密かにトリニティへの憎しみを育て続けていた。

 

 そんな根深い問題を抱えたアリウスだが、ミカはアリウスに対しては驚くほど好意的かつ楽天的だ。

 ……私は、アリウス分校と和解がしたかった。

 でもその憎しみは、簡単には拭えないほど大きくて……これまでの間に積み上がった誤解と疑念もあまりに多い。私の手には、負えないくらいに。

 けどナギちゃんもセイアちゃんも私の意見には反対だった……政治的な理由でね。でも、それも分からないわけじゃない。私たちは、ティーパーティーだから。

 私は不器用だから、そういう政治とかはちょっと得意じゃないんだけど……でも、また今から仲良くするのってそんなに難しいのかな?

 前みたいにお茶会でもしながら、お互いの誤解を解くことはできないのかな?

(第1章第17節「トリニティの裏切り者」)

 ゲヘナに対しては形式的な和平条約さえも認められないと強硬な姿勢を見せるミカは、アリウスに対しては素朴に和解と融和の可能性を信じる。

 ミカの視点に立てば、全く異なる文化をもつゲヘナと違い、アリウスとトリニティは教義に多少の相違をがあるぐらいで、元をたどれば同じ文化的土壌を共有しているとは言えよう。ゲヘナとトリニティの対立は互いにとって互いが「異物」だからだが、アリウスとトリニティの対立は明確に歴史的なものだ。

 

 ミカがアリウスとの和解を信じるのは、そうした歴史を軽視しているからだ。かつてトリニティがアリウスを弾圧し追放したという事実を、それによってアリウスに刻まれた傷と憎しみを、ミカは自分事としては引き受けない。

 逆に、ミカがゲヘナを決して受容しないのは、今そこにある差異を絶対化しているからだ。互いに分かり合うという選択肢を頭から排除し、敵として戦うしかないと決めてかかっている。

 ミカには常に、目の前にある問題と目の前にある結果しか見えていない。その視野の狭さと近視眼的な態度も、また彼女の幼さを示すものだと言えよう。

 

アリウスとの接触

 時系列順に言えば、ミカがアリウスとの和解を求めて密かにアリウスと接触したのが始まりになるだろう。この時点ではまだ、エデン条約は影も形もない。

 ここでミカはアリウスの代表として出てきたサオリに対し、ある提案をする。

 それがアリウスの生徒をトリニティに転入させること。もちろん表立っては不可能なので、ティーパーティーとしてのミカの権限を使って秘密裏に、ということになる。その目的は、「アリウスの生徒がトリニティでもちゃんと暮らしていけて、幸せになれるんだって、みんなに証明してみせ」ることだ。そしてミカの提案に乗る形で、アリウスの生徒たちがトリニティの内部に引き入れられる。

 だがこれはアリウスによるトロイの木馬だった。

 後にわかることだが、この時アリウスはベアトリーチェという存在*3によって支配されており、真っ当な学校の体をなしていなかった。

 ともあれ、ミカの無邪気な善意からくる提案はまんまと利用され、アリウスの先兵をトリニティ内部に招き入れる形となってしまったことになる。ミカが政治が苦手だというのは確かなようだ。

 そんなことはつゆ知らないミカは、アリウスを自分が好きに使うことのできる私兵として扱い、ティーパーティーのメンバーであるセイアを襲撃するよう指示した。

 

 ミカの人生に分岐点があったとすれば、ここだ。

 

 もともとセイアとミカの関係は良好ではなかったようだ。理知的で堅苦しい話し方をするセイアに対し、感情的で奔放なミカが苛立ちを覚えていたという話もある。アリウスやエデン条約をめぐって見解の相違もあっただろう。

 ミカにとって当面の目標はエデン条約の阻止だ。しかしホストであるナギサが条約を推し進める限り、ミカに正攻法での勝算はない。そこで、ミカはホストの地位に就くこために、自分以外のティーパーティーメンバーの排除を画策したのだった。

 

 だが、せいぜい病院送りになればいいと考えていたミカの思惑に反し、アリウスはセイアの「ヘイローを壊して」しまう。

 ヘイローとはキヴォトスの生徒たちの頭上に浮かんでいるリング状の物体で、何なのかはよくわかっていない。ただ、生徒たちにとって「ヘイローが壊れる」とは「死ぬ」を意味する。

 この時、実はセイアは身を隠していただけで生きていたのだが、セイア死亡の知らせを聞いたミカはひどく動揺し、自分が「人殺し」になってしまったという罪の意識に苛まれはじめる。「人殺しの罪」はエデン条約編におけるキーワードの一つで、特にミカにとっては最重要概念と言ってもいい。

 幼気なミカはこの罪の意識によって壊れ、歪んでいく。

 

補足:人殺しの罪

 ここで少々話は逸れるが、「人殺しの罪」がエデン条約編のストーリーにおいてどれほどの重みをもつかについて、例を挙げて補足をしよう。

 セイア襲撃ののち、ミカの手引きによってアリウスから白洲アズサという生徒がトリニティに編入した。アズサはゲリラ戦術を叩きこまれた特殊戦闘員で、アリウスの命令でセイアを襲撃した実行犯でもある。彼女は次なる標的としてナギサを狙っている―――と思いきや、アリウスの命令に反してティーパーティーを守ろうとする、いわゆる二重スパイの役回りだ。

 トリニティでヒフミやコハル、ハナコといった友人と出会い、そこに居場所を見出したアズサはアリウスから離反し、暴走するアリウスを止めるためにサオリの「ヘイローを壊す」決心をした。

 アズサは優秀な戦闘員ではあるが、サオリはその師である。地力で劣るサオリに対し、アズサはぬいぐるみの内部に「ヘイローを壊す爆弾」を仕込むことで油断を誘い爆破に成功した。だがこのぬいぐるみこそ、トリニティでアズサがヒフミから譲り受けたもので、彼女が見出した「日常」を象徴するものだ。

 だが、人殺しの罪はその「日常」への回帰を不可能にする。

 サオリの爆破のあとで雨の中うずくまるアズサのシーンは、専用の一枚絵が用意されていることもあり、特に印象的な場面の一つではないだろうか。

 

 

 仮にサオリを殺害してもなお「日常」に戻ることが可能であったなら、アズサは何があってもぬいぐるみを手放しはしなかっただろう―――まさにサオリが「アズサは必ずぬいぐるみを取り返しに来る」と考えたように。大切な友人から贈られたぬいぐるみは、彼女が「日常」へ帰るよすがとなるはずのものだった。

 人殺しとなった自分が二度とそこへ帰れないことを、アズサは知っていた。そうした「人殺しの罪」の重さを念頭に置かなければ、それでも「日常」を守ると決めた彼女の決意の悲愴さを理解することはできないだろう。

 予知夢を見る能力をもつセイアは、この場面までを見て「これが物語の結末」だと言った。「日常への回帰」はブルーアーカイブのストーリー全体に共通するテーマの一つでもある。それが永遠に失われた今、もはやその先に意味はない。

 実際、この物語がここで終わらずに済んだのは、アズサのサオリ殺害が失敗に終わっていたからだとも言える。アズサが本当の意味で人殺しになってしまっていたら、このストーリーはセイアの言うように「ただただ後味だけが苦い物語」になっていたかもしれないのだ。

 

 さて、このように「人殺しの罪」は物語を悲劇的に終わらせてしまうほど重大だということを確認したところで、話を戻そう。

 

壊れ始めるミカの心

 ここまでくれば、セイア襲撃を指示したことがミカの人生の分岐点だということも納得してもらえるだろう。

 ミカにその意図がなかったとはいえ、結果的にミカはセイア殺害を指示した張本人ということになる(とミカは思っている)。ミカはセイアを殺してしまったという罪の重さに耐えられず、暴走を始める。

 この時から、ミカさんの心は壊れ始めたのではないでしょうか。

 おそらく、パニックに陥ったことでしょう。セイアちゃんが死んでしまうなんていう、取り返しのつかないことになってしまった。自分は実質的に、「人殺し」になってしまった……

 こうなった以上、もう徹底的にやり抜くしかない。何を犠牲にしてでも、最初に描いたところまで辿り着くしかない……

 そんな、自暴自棄ともいえる破壊的な衝動で……

(第3章第3節「ポストモーテム(3))

 これは浦和ハナコによる分析で、ミカ自身は「勝手に人の心を推理しないでくれる?」と否定するが、ミカの自己欺瞞的傾向も考えれば、この分析はおおむね当たっていると考えてよいだろう。

 

 ところで、こうして俯瞰してみると、ミカの行動はあまりに軽率が過ぎるのではないかという見方もあろう。
 セイアを殺すつもりはなかったのだとしても、病弱で決して戦闘に秀でているとは言えないセイアを襲撃した時点で、そういう「間違い」が起こってしまうことは予見できたのではないか。人殺しの罪が取り返しのつかないほど重いにもかかわらず、事前にそのリスクを考慮さえしなかったというのは、いささか浅慮の範疇を越えているのではないか?


 もちろんミカがそういう類の軽率さをもっているのは確かだが、この点についてはまた別の事情もある。というのも、「ヘイローを壊す」ことは人間を殺害するのに比べてはるかに難しいのだ。
 腹を一発撃たれただけで致命傷になりうる貧弱な人間と違い、キヴォトスの生徒たちは鉛球を数発食らったところでまず死にはしない。アズサ曰く、尋常ではない火力を異常なほど叩き込めば、「銃火器だけでヘイローを壊すことも、不可能じゃない」。裏を返せば、銃火器ではヘイローを壊すことは基本的にできないということだ。

 だからアリウスは、セイア殺害のために「ヘイローを壊す爆弾」という特別な武器を用意したのである。ちょっと銃で撃ったからってまさか死ぬわけない、という認識は、キヴォトスにおいてあながち楽観的すぎるとは言えない。
 となると、セイア襲撃によって「間違い」が起こる可能性は、我々が普通に考えるよりもずっと少なかった―――誰かが明確な殺意をもってヘイローを破壊しようとしない限りは。これほどの殺意を備えた人物はブルーアーカイブのシナリオ全体を見渡しても数えるほどしかいない。しかし、ベアトリーチェに支配されたアリウスはそのような悪意と殺意の渦巻く場所であった。


 ミカには、このような殺意の存在を想像さえできなかった。それはトリニティという比較的切った張ったの荒事が起こりにくい環境で、ティーパーティーという特権的立場に浴してきた、ある種の「温室育ち」ゆえであろう。

 

 さて、罪の意識に追い詰められたミカは、ティーパーティーのホストになるという当初の目的を完遂するため、残るナギサの排除に乗り出す。

 ティーパーティーとしての権力、アリウスの兵力、そして自らの戦力を総動員してナギサを襲撃しようとするミカ。しかしアリウスから離反したアズサのリークによって襲撃は事前に察知され、「先生」やアズサたちによって迎え撃たれることになる。(なお、上で紹介したアズサがサオリを襲撃するエピソードはこの時点より後、第3章だ。)

 

 結果として、ミカは敗れた。

 第三勢力の加勢などもあったが、ミカが武器を置いたのにはセイアが生きていることを知ったことが大きいだろう。持ち前の圧倒的な戦闘力で全てねじ伏せることも可能だっただろうミカは、セイア生存を知るやあっさりと投降する。

 ミカは監獄に入れられ、「トリニティの裏切り者」をめぐる一連の物語はひとまず一件落着する。ここまでが第2章の物語だ。

 

ミカを苦しめる「他の誰でもなさ」

 続く第3章は、ついにエデン条約が調印されようとするところからだ。

 この調印会場にアリウスが巡航ミサイルをぶち込んだり、「エデン条約機構」が乗っ取られたり、ユスティナ聖徒会なる歴史上の武装集団が「複製」されたり、ヒフミが天気の子になったりするのだが、その間ミカはずっと監獄にいてほとんど話には絡んでこないので、ばっさり省略させてもらうことにする。

 

 いや、一つだけエピソードがあるので取り上げておこう。

 アリウスの発射した巡航ミサイルによってトリニティ・ゲヘナ両陣営の主要人物たちが軒並み病院送りになり、指揮系統が崩壊して状況が混沌に陥っていたとき、この機に乗じてトリニティの過激派の生徒たちがゲヘナに宣戦布告しようとする場面がある。(トリニティは何かとお嬢様学校のような扱いをされるが、あくまでキヴォトスの学校にしてはという話であって、治安は普通に悪い。)

 このとき、過激派がリーダーとして担ぎ上げようとしたのがミカだった。

 ミカは反ゲヘナの急先鋒である上、投獄されたとはいえまだティーパーティーのメンバーでもある。開戦へ向けて精神的支柱を求める生徒たちが担ぎ出すのには、まさにうってつけの人材と言えよう。それほど容易く手綱を握れるような物わかりのいい人物ではないという点に目をつぶればだが。

 ……それで? だから何? どうしてそんな、命令を欲しがって来たわけ?

 ほかの派閥を抑えたんでしょ? 実際のところ、宣戦布告なんて手続きもう要らないじゃん。今すぐにゲヘナに殴りかかればいいのに、自分たちの代わりに怒って、命令してくれって……何それ、面白いことするね?

 (中略)

 お耳掃除でもしてあげようか? 命令されなきゃ憎むこともできないの、って言ってるの。

 ミカは自分を監獄から連れ出しに来た生徒たちを相手に、冷ややかな視線を浴びせる。ミカは格下で自分の意に沿わない相手には普通に侮辱したり嘲笑したりする。幼い子供をイメージすれば分かりやすいだろう。

 本当にゲヘナが憎いのであれば、自分など担ぎ上げていないでさっさと殴りに行けばいい―――最終編で真っ先に殴りかかろうとした実績のある女の台詞だと思うと説得力があるが、彼女がゲヘナを嫌うのは何か理由あってのことではなく、あくまでも彼女自身の気分と気持ちの問題だ。ミカは「今はそういう気分じゃない」と言って過激派生徒たちをすげなく袖にする。(なお、このあと激昂した過激派生徒たちは無抵抗のミカを集団リンチにかける。普通に治安が悪い。)

 

 気分に従うミカのこの性向が、彼女の「幼さ」を示すものであることは言うまでもないだろう。一方で、ここで示されている別の側面もまた見逃してはならないように思われる。

 すなわち、ミカの感情は「誰かのもの」ではないということだ。

 ミカは、憎むことさえ誰かに代わりにしてもらわないといけない過激派生徒たちを冷笑する。裏を返せば、ミカの憎しみは他の誰でもない自分自身のものだ。ミカは誰かの代わりに憎むことも、誰かに憎しみを委ねることもできない。

 罪の意識に苛まれて潰れそうなとき、ミカはそれを外部化できず、全ての罪を一身に引き受けざるを得ない。目の前のものしか見えないということは、目の前にあるものから目をそらすことができないということでもある。

 あくまでも自分のこと自分のこととして引き受けていく、この「他の誰でもなさ」こそが、まさにミカをここまで追いつめているのだ。

 

救いを拒否するミカ

 ストーリーを進めよう。

 それらの騒動がひとまずの解決を見たのち、トリニティでは聖園ミカの聴聞会が開かれることになった。

 聴聞会とはいうが、実質的な裁判だ。アリウスと手を組んでクーデターを起こそうとした件について事情を聴取され、今後の処遇が決められる。トリニティ内でのミカへの非難は相当に激しいようで、ここで対応を間違えば退学にもなりうるという状況だ。

 そんな切迫した状況にもかかわらず、ミカは聴聞会自体を欠席しようとしていた。

 ミカが罪の意識によって傷つき歪んでしまったことは既に述べてきたとおりだが、この聴聞会はまさにその罪を雪ぐための絶好の機会だと言える。様々な事実や事情を突き合わせ、負うべき責任範囲を確定させ、刑罰を言い渡す。現実の裁判にも共通する、罪を償うための基本的な手続きだ。

 もちろんそれですべてが丸く解決するわけではないだろうが、ミカが罪から解放されるためには必要なプロセスでもある。にもかかわらず、ミカは聴聞会を欠席しようとしている。なぜか。

 

 他ならぬミカ自身が自分の罪を許されないと感じているからだ。

 ミカは怒り狂ったトリニティ生たちに石を投げられ、私物を没収され、思い出の詰まった品々も焼かれるなど、既にかなりの私刑を受けている。ナギサや先生が「もう十分代償を支払った」と考えているのにも関わらず、ミカはなおも自分が犯した罪を償いきれていないと感じているのだ。

 聴聞会に出ないのは、最も重い処分―――退学―――でさえ自分にふさわしいと思っているから、そしてそんな自分をナギサが庇うことで、彼女の立場が危うくなることを望まないからだ。

 

 ここでミカが救いを拒んでいることが分かるシーンを一つ挙げよう。第4章の冒頭、ミカが監獄の中で賛美歌を聞くシーンだ。

 キリスト教をモチーフにしているトリニティには、礼拝の時間に賛美歌を聞くという文化があるらしい。そのタイトルは”Kyrie eleison”。これは第4章のタイトル「忘れられた神々のためのキリエ」にも使われている。

 “Kyrie eleison”はおおよそ「主よ、憐れみたまえ」などと訳される祈りの言葉だ。ちなみに、ブルーアーカイブにここまでガチガチのキリスト教的フレーズが出てきたことに私は少し驚いた―――というのもキヴォトスにおいて「神」は既存の宗教的神とは明らかに異なる概念だからだが、この点はいったん脇に置いておこう。*4

 ミカはこの歌について、次のように述べる。

 Kyrie eleisonなんて、名前も気に入らない。どうしても見えもしない存在に縋らなきゃいけないの?

 「憐れみたまえ」だなんて口にしたところで悲惨なだけじゃん。そんなの自分にも、他人にもするものじゃないよ。

 神学的には―――先ほど脇に置いておくと書いたばかりではあるが―――「憐れみ」は「救い」につながるものだ。神の憐れみによってはじめて人は救われることができる(イエス磔刑によって人間の原罪が贖われるように)のだから、いかなる憐れみをも拒否するミカは、救いそのものを拒否していると言えよう。

 

 ミカを救うことができるのは、ミカがまさに罪を犯しかけた相手、セイアだけだった。

 私はそれでも許されない……セイアちゃんにもまだ、恨まれたままで……。

 ここまで見てきたように、ミカは手続きよりも自分の感情を優先する、直情的な人物だ。であれば、彼女が真に赦されるために必要なのは、手続き的な赦しではなく感情的な赦しである。セイアに赦されない、セイアに謝れていないということが、ミカの救いへの希望を断ち切っている。

 ミカの罪は、客観的に言えばセイアに赦されるだけで済むものではない。外患誘致とクーデターはトリニティという学園に対する攻撃であり、セイア個人に対する攻撃はその一部に過ぎない。にもかかわらず、彼女の自責はあくまでも「セイアに赦されていない」という一点に集約していく。

 引き受け、償い、乗り越える―――そういった罪に対する成熟した態度を、ミカは持ち合わせていない。「相手に『いいよ』と言ってもらって仲直りする」という小学校的な赦され方しか、ミカは知らないのだ。

 

 だがそれでいい。それでいいはずだった。ミカのそばにはそんな彼女を受け入れてくれる友人たちがいる。ナギサはミカのためにあらゆる手立てを講じ、セイアはミカを許すつもりだった。

 

「魔女」ミカの復讐

 ミカという少女は、つくづく運がないらしい。

 彼女を許し、彼女を救ってくれるはずだったセイアは、突如「キヴォトス終焉の予知夢」を見たことで動揺し体調を崩し、さらに夢を介してゲマトリアのやり取りを聞いたことで、水面下で「先生」の身に迫る危機を知り、追い詰められる。

 そして、よりにもよって呼び出したミカに対し、感情のままに次のような言葉を投げかけてしまう。

 君がアリウスに接触したことによって……。

 先生が……スクワッドに狙われている……。

 君が、先生を連れてきたから……!

 この台詞の直後、セイアは倒れてしまう。

 赦しの言葉を期待してやってきたミカにとって、このような言葉がどんな呪いになるのかは想像に難くないだろう。ミカはやはりセイアに赦されてなどいなかったのだと絶望し、淡い希望を抱いたことを自嘲する。

 

 この時、ミカの心は壊れてしまった。

 

 セイアに赦されるかもしれないという微かな希望さえ完全に潰えてしまったミカは、自らのことを罪ありし存在―――「魔女」と再定義する。

 罪に飲み込まれ、罪を飲み込んだ「魔女」ミカは、皮肉にも、罪の呵責から解放されたことでかえって事の成り行きを振り返る余裕が生まれた。

 ……なんだ、考えてみたら簡単なことじゃん。

 ……「アリウススクワッド」の錠前サオリ……すべては……。

 あの女が元凶なんだから。

 あの女が私を利用して―――セイアちゃんのヘイローを壊そうとして、ナギちゃんにミサイルを飛ばして、先生を傷つけて……。

 全部……ぜんぶ、ぜんぶ、ぜーんぶ! あの子が計画したことだった。

 もっとも、実際にはサオリはベアトリーチェの指示に従っているにすぎないのだが、そのようなことミカには知るはずもない。

 うん、そう。そうだよ―――あの女も……。

 私が奪われた分だけ、同じように奪われなきゃ不公平でしょ。

 あの女の大切な人も、同じように……全部。

 奪われた分だけ奪ってもよい―――ミカでも分かる単純な論理だ。

 だが確かに、ミカが背負ってしまった罪は、本来ならばミカが背負う必要のなかった罪である。本当はサオリに帰せられるべき責任が、幼いわがままを利用される形でミカの身に降りかかったに過ぎない。ミカにはサオリにツケを払わせる権利がある。

 

 かくして、ミカは「魔女」としてサオリへの復讐を開始する。

 

 彼女の戦闘力は折り紙付きだ。

 ミカは監獄から脱出するために、素手で壁を破壊する。これは全体的に身体能力の高いキヴォトスの生徒から見ても異次元らしい。こうなると大人しく監獄にぶち込まれていたこと自体の意味も変わってこようが、そうしたしがらみから解き放たれた「魔女」ミカは、もはや誰にも止めることはできない。

 

 そんなミカを諭しうる存在に、「先生」がいた。

 「先生」は生徒を導く大人として信頼されているだけでなく、ミカにとってはそれ以上の心を寄せる相手でもある。ちょうどこの時、「先生」はサオリの懇願によってサオリたちと行動を共にしていた。

 サオリを追ってきたミカと「先生」が対峙したとき、ミカはやはり少なからず動揺する。しかし、すべてを失ってただ独り走り出したミカに、止まるという選択肢はなかった。

 それでも……。

 私は……追いかけるよ。追いついて、復讐する。

 私を軽蔑するかな……それとも、ガッカリするかな……。先生にだけは、嫌われたくなかったなぁ……。

 ……でも、それでもね―――私は、自分を止められないの。

 ごめんね……だって……。

 私はアリウススクワッドを絶対に許せない―――たとえ魔女と呼ばれ続けたとしても、地の果てまで追いかけて、復讐しないとダメなの。

 ……だから先生、私を止めないでね。

 ミカはその後も執拗にサオリを追う。それは同時に「先生」を追うということでもあった。

 二度目にサオリと「先生」の前に立ちはだかったとき、ミカはとうとう感情の堰が決壊して泣きじゃくり始める。

ミカの心はもう限界を迎えている。

 私はトリニティの裏切り者で、みんなの敵で……

 ―――何度もセイアちゃんを傷つけてしまった魔女だから……。

 学園から追い出されたら、ナギちゃんにも、大切な人たちにも……二度と会えなくなる……。

 生徒じゃなくなったら、私みたいな問題児、先生だって、もう会ってくれないよ……。

 私にこれ以上幸せな未来なんか訪れないってことも、よく分かってる……。

 わ、私は……悪党だから……人殺しだから……。

 だから……私に残っているのはこんなもの・・・・・しか、ないの……。

 なのに、あなた達は……どうして?

 私は大切なものを全部失ったのに!

 ―――ぜんぶ、奪われたのに!!

 あなた達は……どうして?

 あなた達が何の代償も支払わないで、何も奪われないでいるなんてそんなの……。

 そんな事、許したら……私は……

 私は……何物でもなくなってしまう……。

 私には、何の意味も残らない……。

 ミカは既にすべてを失ってしまった。彼女が守りたかったものも、彼女が手に入れたかったものも、何もない。彼女の手元に残されたのは、背負いきれない罪と復讐心、そして一丁の銃だけだ。

 

 そして遂に運命の時が訪れる。

 旧校舎の地下通路を通ってベアトリーチェの元へと向かおうとするサオリ一行に対し、ミカは柱を倒壊させることでサオリだけを分断することに成功した。

 

 この時のミカは、壊れて崩れそうな心を、サオリへの復讐心だけでギリギリつなぎとめている状態だ。サオリが「お前が望んでいたのはこんな事だったのか?」と問うても、ミカは「私、何を望んでたんだっけ……ああ、うん……そうだね。目的達成、みたいな?」と要領を得ない返事しか返すことができない。

 ミカは自分が何を望んでいるかさえ分からなくなっている。自責と自罰を重ね、希望を断ち切った彼女には、もはや何がどうなろうと構わないのだ。―――ただ、自分と同じだけの罪をもったサオリが自分と同じ目に遭ってさえくれれば、何でも。

 そしてサオリも、またその憎悪に応える準備があった。

 

アリウススクワッドのサオリ

 ここで、錠前サオリという人物について詳しく確認しておこう。

 クライマックスが近いのにまた脱線かと思われるかもしれないが、結論を先取りすれば、ミカはサオリを「自分と同じ」だと見なすことによって救いへの道を見出していくことになる。

 ここからのミカの変化を捉えるためには、その鏡となるサオリのことも視野に収める必要があるだろう。

 

 サオリはアリウス自治区の貧民街に生まれ育った生徒で、「スクワッド」と呼ばれる作戦実行部隊のリーダーだ。

 アリウスはトリニティと袂を分かった後も長く内戦が続いていたようで、その負の感情を利用される形で、ベアトリーチェによる専制支配を許していた。ベアトリーチェは基本的に生徒たちを使い捨ての駒としか思っておらず、洗脳まがいの教育を施されたり、時にヘイローを壊される生徒が出るなど、アリウスの現状は悲惨の一言だ。

 スクワッドはリーダーのサオリと、幼い頃から家族のように生活してきたミサキとヒヨリ、そして「姫」とあだ名されるアツコの4名からなるチームだ。

 ミサキは自殺志願者、ヒヨリは口を開けば「この世には苦しみしかない」と嘆いていて、アツコはやがてベアトリーチェによって儀式の生贄に捧げられることが決まっている。彼女たちの人生はあまりに過酷だ。

 

 そんな中で、サオリは精神的支柱となる人物である。

 彼女はミサキ、ヒヨリに戦闘訓練を行い、生贄の運命からアツコを救うためにベアトリーチェから交換条件を引き出す(もちろんベアトリーチェには守るつもりなどさらさらない)。貧民街の乞食だった彼女たちが、まがりなりにスクワッドという立場を得ることができたのは、ひとえにサオリの手腕によるものと言えるだろう。

 

 ベアトリーチェによる支配の過酷さをうかがい知ることができるシーンを一つ紹介しよう。

 サオリの断片的な回想の一つなので前後の脈絡はよく分からないが、サオリが何らかの廉で牢獄に入れられているシーンだと思われる。

 ……許してください……申し訳ございません……。

 二度と……二度とこのようなことは……。

 二度と、大人の言葉を破りません……反抗しません……将来に希望を抱かないよう努めます……。

 二度と幸福を望みません……祈りません……。

 だから、どうか……

 どうか……慈悲を……。

 慈悲を……。

 ベアトリーチェの支配するアリウスでは、「幸福を望む」ことも、「祈る」ことさえも許されない。こうしてアリウスの生徒たちは徹底した禁欲と服従、そして"vanitas vanitatum"―――「全ては虚しい」という歪曲された教え――を叩きこまれるのだ。

 

サオリとミカの独白

 こうした教育に従って数々の任務を遂行してきたサオリは、自らの庇護下にあったはずのアズサの離反によって自らを見つめ直すことになる。

 アリウスの歪んだ教育に屈せず、トリニティでの生活を経て「晴れやかで幸福に満ちた青空の下へと」歩み出していくアズサを見て、サオリは「あんなもの嘘だ」と否定しながらも、最後には自分の過ちを認めざるを得なかった。

 

 私たちの憎悪も……「すべては虚しいもの」という言葉も……

 ―――全部、嘘だったんだ……。

 愚鈍で惰弱だった私は……疫病神のように周囲を破滅に追い込んだんだ……。

 ―――嗚呼、結局、そういう事だったんだな。全て、私が原因だった。

 アズサは私から離れられたから幸せになれたんだ。

 私は、その真実を最後まで否定したかったのだろう……。

 アズサ、お前なら……正解が分かるのか?

 アズサ……私は……。

 ―――幸せに、なれるだろうか?

 どうすれば、私もお前のようになれるのだろうか。そんな機会は存在するのだろうか? 私が、そんなことを願ってもいいのだろうか……?

 

 激しい一騎打ちの後、敗れたサオリの独白を聞き、ミカは涙を流す。

 

 私も……

 あなたみたいに、そんな機会を望んでいたの……

 私も、幸せになりたかった……。

 

 あなたは……私だよ、サオリ……。

 あなたは幸せになれない。私が幸せになれないのと同じように。

 

 でも、だからこそ……私にはできない……。

 私が、あなたの結末をこんな風に決めてしまったら……。

 私に救いなどないと、自ら証明することになってしまう……。

 

 この時ほど、ミカの言葉が真っすぐだったときはないだろう。

 エデン条約編に登場するミカは、既に「裏切り者」として罪に打ちひしがれ、一縷の希望さえも見失いながら暗闇の中に足掻いていた。彼女が裏切り、傷つけてきた人たちに向かって、どうして「幸せになりたい」などと言えるだろうか? ミカには幸福を願うことさえも許されていなかった。

 彼女を縛るその鎖の隙間を縫うように、ミカは遠回しな言い方を探して、仄めかすような仕草を見せて、童話のように王子様が救い出してほしいという淡い願いを懸けるのだ。

 そんなミカが、初めて素直な心情を吐露できる相手が、サオリだった。

 

 そして彼女は、アツコを助けるためにベアトリーチェの元へと急ぐサオリたちのために、迫りくる敵の軍勢を一手に引き受ける。

 

 サオリ……私は、自分が受けた痛みをあなたに感じてほしかった。そうじゃないと不公平だと思っていたの。

 でも……そうだね……

 私と同じように、あなた達も救われたかったよね。

 あなた達も……幸せになりたかったよね。

 あなたがアツコを助けたい気持ちも分かるよ……。

 多くの人を騙し、絶望に陥れたあなたでも……

 最後の最後に、誰かを救うことができたなら……

 苦痛だらけのあなたの人生も、それだけで救われる……

 ……そう、思ったのでしょう?

 わかるよ―――私とセイアちゃんもそうだもの。

 

 だから……アリウススクワッド。

 あなた達のために、祈るね。

 

 ミカはいつだって自分のことばかりだ。人の言うことなど聞かないし、ましてや気持ちなど知る由もない。

 そんなミカが、同じ罪と罰を背負っている相手として、はじめて他者を自分と同じだけの重みをもった存在だと見なすのである。これがどれほど特別なことかを説明するために、私はここまでひたすら字数を費やしてきたと言っても過言ではない。

 

 どこまでも自己中心的で自己完結的な幼い少女が、自分と同じ救いを求める誰かのために祈る―――この物語を通して、ミカは少しだけ成長した。いや、ミカはたったこれだけのことを学ぶために、これほどの犠牲を払わねばならなかったと言うべきか。なんという不器用さ、なんという健気さだろう。ああ、愛しい。

 

 いつか……

 いつか、あなた達の苦痛が癒えることを―――

 やり直しの機会を希うのと同じように―――

 あなた達に未来が……次の機会がある事を―――

 だから、私は……

 ―――あなた達を赦すよ。

 それは互いが公平に不幸であることよりも、もっと良い結末だろうから。

 ―――例えアツコを救ったとしても、あなた達の未来はきっと苦難に満ちている。

 一生追われるかもしれない……表を歩くことができないような悲惨な人生になるかもしれない。

 でも、それでも……

 あなた達の未来に、ほんの一筋でも光明があると信じるのなら―――

 アツコを助けることで、あなたたち自身をも救えばいい。

 私はもう手遅れだけど……あなた達には、まだ時間が残されているでしょう?

 それに……先生が手伝ってくれているから、きっと大丈夫……。

 あなた達のその行く先に幸いが―――

 祝福が、あらんことを―――

 

 監獄の中で「Kyrie eleison」を聞いたシーンのことを思い出そう。

 今、ミカが祈るのは憐れみではなく、祝福だ。サオリたちが救われるのは憐れまれるべき存在だからではない、祝福されるべき存在だからである。憐れみを拒否したミカの出した答えがこれだ。

 

 だが、ミカが言う通り、彼女はまだ救われてはいない。

 サオリの罪は、ミカが赦し、アツコを救うことによって多少なりとも贖われる。ではミカの罪は? 彼女が赦しを乞い罪を贖う相手は、セイアであり、トリニティだ。ミカが罪を雪ぐべき相手も、その状況も、ミカが監獄を飛び出した時から何も変わってはいない。

 ただ、サオリが救われることで、ミカ自身が救われることができるようになる。「魔女」はいなくなり、少しだけ成長した少女の姿だけがある。実のところ、ミカに必要だったのはそれだけだった。

 その証拠に、ミカは全てが解決したハッピーエンドの中で、ナギサとセイアに「大好き」と伝えることができるのだ。

 

おわりに

 さて、エデン条約編におけるミカというキャラクターについて、書きたいことはおおよそ書くことができたと思う。

 肝心のクライマックス部分が駆け足になってしまったのはやや心残りだが、このままではいつまで経っても書き終わらないので、やむなしということにしよう。(この下書きを作成した日から、なんと8週間も経過している!)また、考えが整理されたら手を加えて完成させるためのたたき台とでも思っておく。

 

 もちろん、ここまで16850字ほど使ったものの、ミカというキャラクターの全てを語り尽くしたとは到底言えない。

 ミカと「先生」の関係にはごく簡単にしか触れていないし、コハルに至っては名前しか出てきていない。ナギサやセイアとの関わりも、専ら「罪の意識」という観点でしか述べられていない。これらはいずれも、人によってはミカというキャラクターの中心に据えられることもある重要な要素だ。

 

 本記事では、あくまでもストーリー上でミカが演じる役割、そしてその中でのミカの成長にフォーカスを当てた。

 そこには、私がそういう見方でしか物語を読むことができないという事情も多分に含まれてはいるが、そここそが、私がミカの魅力を見出している部分であることもまた事実だ。

 特に、ミカとサオリの関係―――「自分と同じである」がゆえに個人的な感情が共有されうる、という関係―――は、どうやら私にとってツボであるらしい。リリカルなのはDetonationについて、私は同じようなことをよく壁に向かって話している。そういう病気なのだ。

 

 

 

 ところで、どうやら本日5月8日はミカの誕生日らしい。

 普段あまり誕生日などには気を留めない私だが(自分の誕生日さえ当日に思い出せることの方が稀だ)、今日中に投稿することで、ささやかながら彼女への祝いとしたい。

 

 

 

*1:「不完全で未完成な生徒たちを、大人である先生が導く」、これはブルーアーカイブのシナリオでは頻繁に強調されるポイントである。

*2:ゲーム内に実装された際も、瞬間的な爆発力だけで言えば他の追随を全く許さないほど図抜けた単体火力を誇っている。

*3:ゲマトリア」の一員。ゲマトリアはシナリオ全体での黒幕ポジションの一角を占める集団だが、その実態はよく分からない。ミカを考えるうえでは対して重要ではないので、ここでは深く立ち入らないことにする。

*4:一つだけ補足すれば、キヴォトスでは過去に「忘れられた神々」と「名もなき神々」が戦っていたという話がある。これとは別に、神のような概念として「崇高」と「色彩」があるが、これらの概念の詳細は今のところ全く分からない。